明日ありと思う心の仇桜
読み方
あす ありと おもう こころの あだざくら意味
明日も生きていて、やるべきことを先延ばしにできると思っていても、人生や命は桜が突然の嵐で散るようにはかない。明日が必ず来るとは限らないのだから、今できることや大切な思いは今日のうちに行うべきだ、という戒め。由来
鎌倉時代(13世紀)の『親鸞聖人御消息』に、「明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」という和歌の形で見られる。親鸞が古くからの歌として引用したものとされ、歌そのものの作者・正確な成立時期は明確ではない。桜が夜半の嵐で急に散る姿に、人の命や世の無常を重ねている。備考
「仇桜」の「仇」は敵という意味ではなく、「はかない・むだな」の意。後半の「夜半に嵐の吹かぬものかは」まで含めて引用されることも多い。仏教的な無常観を表す言葉である。例文
- 「明日ありと思う心の仇桜」というから、両親への感謝は後回しにせず、今日伝えよう。
- 事故や病気はいつ起こるか分からない。明日ありと思う心の仇桜を忘れず、一日一日を大切にしたい。
- 締切はまだ先だと油断していたが、明日ありと思う心の仇桜というように、今のうちから準備を進めることにした。
- 友人との仲直りを先延ばしにしていたが、明日ありと思う心の仇桜と思い、その日のうちに連絡した。
- 災害の知らせを聞いて、明日ありと思う心の仇桜を実感し、防災用品を見直した。